あんぷら屋 anpuraya

Minority Entity

マイノリティ・エンティティ

*

 14世紀末、欧州某地。現在ではルネッサンスと呼ばれている時代の最中。文化的にも思想的にも、諸運動が盛んであった時代。多くの進歩や発展を齎したと同時に、政争や戦乱、波乱の時代でもあった。

 魔術や迷信もまだ強く信じられていた時代。過去に、信じられていたことと実際に存在したことの差は、果たしていかほどのものであろうか。現在に生きる我々がその判別をつけることは不可能だ。

 客観視しては意味をなさない道理がある。ならば、あくまでも主観で評価するべきだ。

 当然それは、それが偏った見方であることを差し引いたとしても、だ。

1

「俺もその箒で空を飛んでみたいな」

 彼にそう言われて、私は少し迷った。彼は普通の人間で、もし箒から落ちたりすれば一溜まりもないだろう。彼に安全を保障できないのに、易々とその願いを聞くことはできない。

「そんなに高く飛ばなくてもいいし、そうだ、海の上で飛ぶってのはどう?」

 それなら確かに、死の危険はないだろう。私は彼の願いを聞いてあげることにした。わかった、と私が言った時の彼の表情は、見ているだけで幸せな気持ちになれるほどの、嬉々とした笑顔だった。

 私と彼は近くの海岸に向かって歩いた。この町は臨海都市で、歩いて十分ほどで海まで行くことができる。人口もそれなりには多いはずだ。大都市ではないが、閑散としているようなことは決してない。

 港を近くに臨む、なだらかな砂浜までやってきた。沖近くまで浅瀬が続くこの辺りなら安全だろうと、そこで場所を決めた。

 約束どおり、私は彼を後ろに乗せて、箒で空を飛び回った。箒の二人乗りだ。急降下するたびに、私の腰の辺りを掴む強さが増すので、急上昇と急降下を繰り返してからかった。安全運転をしてくれ、と言われたが、それはそれで彼も楽しんでいるようだった。お互いまだ十六歳であり、あまり異性との接触に慣れているとは言い難い歳だったが、この時はそんなことを忘れるほどに楽しんでいた。

 夕刻になり、そろそろ帰ろうという話になった。私達はいつも太陽が沈みきる前には別れ、帰宅していた。

「リリィ、今日はありがとう。楽しかったよ」と、彼が言った。

「私も。ダニエルって意外と臆病なんだね、男のくせに」私はにやけながら言った。「あんなにがっしりと掴まってくるんだもの」

「あんな飛び方されたら、誰だって怖いよ。それにしても、ほんとに羨ましいな、魔法使いってのは。俺も魔法使いになりたかったよ。まあでも、その格好、俺には似合わないかもしれないけどな」

 彼は私の服装を見ながら言った。白のブラウスに黒のベスト、黒いスカートに黒いマント。その上黒い帽子を被って、箒を持っている。よく言う、魔女の格好そのものだ。ちなみにそれは、魔女にとっての正装のようなもので、もちろん普通の服も持っている。

「そんなに羨ましいものでもないよ」

 彼があまりにも憧憬の視線を向けてくるので、ついつい本音が出てしまった。何もしなくても、自分が魔女だというだけで、仲間外れにされたこともある。人非人扱いされたことさえあった。これは、弱音を吐くような、または、自虐するようなことなので、できる限り話したくない話題だ。

「そんなやつら、放っておけばいいさ。数少ない魔法使いの一人なんだから、もっと威張ってもいいと思うぜ」

「威張りたくはないかな……」

 ダニエルのように、魔法使いに対して肯定的な意見を持つ人間も沢山いたが、同じくらいには否定的な人間も存在した。自分達にできないことをする、それだけの理由で畏れられ、嫌悪されていた。異端だから抑圧する、といった方針は間違っている、それを異端側が主張することもできない。今はまだ、なんとかこの社会に許容されているからよいものの、今後はどうなるか分からない。私が抱えている漠然とした不安は、きっと私だけのものではないだろう。

 その日の夜。家に着くなり、母から説教を喰らった。ダニエルを箒に乗せていたところを誰かに見られていたらしい。

「それで万が一怪我でもさせたらどうする気だったの!」

「ごめんなさい、もうしません」

 母が怒るのも無理はない。ただでさえ虐げられることの多い魔法使いが、普通の人間に怪我をさせたりしたら、きっとすぐに問題にされる。そのためになるべく安全な場所を選んだのだが、この社会にそんな言い訳が通じるわけもない。母には、言い訳もせずに謝り続け、どうにか説教から解放してもらった。

 それから私は、夕飯の支度を手伝っていた。キッチンはあまり広い方ではなく、母と私は、お互いを意識しながらでないとぶつかってしまうくらいだった。いつものことだが、コンロの傍にいると不安になる。これは普通の人間には理解できない類の不安だ。

「魔法使いってさ、キッチンで襲われたら弱いよね」

「コンロの火を落とせばいいじゃない」

「そんなことしてる暇ないよ、きっと」

「お皿出しといて」

「え、あ、うん」

 私の話を聞いているのかいないのか、母はいつもそんな風だった。魔法使いの弱点。炎に近接していると魔力が使えなくなる。そのメカニズムはわからないが、炎には神聖な力が宿っているのだ、という話は聞いたことがある。普段ならできることが、できなくなる環境。それは想像以上に怖いものだ。

 夕食の用意が整い、父と兄がリビングにやってきた。適当な話をしながら食事をする。私の家族は、少なくとも表面的には団欒を楽しむ家庭だ。

「リリィ、お前、最近の弾圧の話聞いたか?」と、兄が言った。

「弾圧? なにそれ」

「魔法使いの弾圧だよ」兄は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。「人非人だから排除しなけりゃならない、みたいなかんじでさ、昨日も、俺の友人がリンチされたらしいんだよ」

 食事中にそんな表情をしないでほしい、と場違いなことを思いながら、黙ったまま、その「弾圧」について考えていた。母もそれを知っていたようで、厳しい表情のまま、何も話さずに食事を続けていた。だから今日は家に帰るなり説教されたのだろう。父はそんな様子を眺めながら、やはり特に何も言わずに食事を続けていた。

2

 数日後。

 兄の言っていた「弾圧」の動きが、突然活発になってきたのだ。それは、誤って普通の人間にまで危害が及ぶほどであり、「魔法使い」と思われる人間は皆一様に被害を受けていた。

 私はまた、ダニエルと会っていた。彼とは幼馴染であり、私にとっては家族のような存在だ。いつものように彼と待ち合わせていたのだが、今日は合流してすぐに場所を変えることにした。近くで「弾圧」が行われているようだったのだ。いつもは近くの大きな自然公園で過ごしているのだが、今日は町外れの方まで来て、寂れた公園で腰を下ろした。遊具と言えるものはなく、ただの休憩所に近い公園だ。私達二人以外には誰もいない。

「なんか、急に世間が変わっちゃったみたいだな」

「急変だね、ほんとに」

「リリィ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろう」

 彼は、一応軽く笑いながらそう言っていたが、私のことを本気で心配してくれているようだった。

 以降、世間の情勢は「魔女狩り」という言葉を生むに至るほどに傾倒していった。魔法使い達は当然それに反抗したが、あるものは「娘を殺す」と脅され、あるものは自宅を放火され、逃げ場をなくした。次第にその存在数は減っていった。個人能力が優勢であろうと、人数の力には敵わない。迫害、侮蔑。「多数派」という名の正義を振りかざし、魔法使い達はやりたい放題にされていた。

「聞いてきたって、何を?」

「このところ勢いを増してきた、例の『弾圧』についてだよ」

 彼は権力者の息子であり、お偉い先生方との関わりを持っていた。機会を窺って、「弾圧」について訊ねてきてくれたらしい。

「魔法使いが少数派なのは、分かりきってるんだけどさ。それでも、少しずつだけど、増加の傾向にあったらしいんだよ」

「ふうん」

「もし仮にさ、普通の人間が少数派になったりしたら、大変なことになるんだよ」

「どうして?」

 彼の説明は随分と遠まわしな表現に聞こえた。核心を隠しているように。彼の表情が明るくないことからも、私にとって不都合な結論が待っていることだけは分かる。段々と不安になってきた。

「魔法って、この世界の常識を逸脱しているだろ? それが多数派になると、常識が崩壊するんだよ」

「魔法が常識になるんじゃないの?」

「今ある常識がなくなる、ってのが問題らしい」

「まさか、そんなものを守るためだけに、私達は『弾圧』されているの?」

「そういうことになる、と思う」

 そんな馬鹿な話があるだろうか。魔法使いが多数派になることなんて、まず考えられない。人口の1%にも満たないのに、それでもし仮に多数派になるとしても、何百年も後のことだろう。それなのに、今の「多数派」は、そんなことを懸念して、それだけの理由で、人道に反する行為を犯してまで、魔法使いを迫害するつもりなのだろうか。

「信じられない。私にはそんなの……」

 理解できない、と続けようとして、私は固まった。彼の顔を見たのだ。その表情には、この「弾圧」に対する憤りよりも、私に対する哀れみの方が色濃く映っていた。つまり彼は、「多数派」の考えを、少なからず支持しているのだ。

「そんな……、ダニエル、あなたも同じなの? 私達を抹殺するのは仕方ないと、そう思っているの?」

「そ、そんなことはない。なんとかして助けてあげたいと思っているよ。でも、そんな方法が思いつかないんだ……」

 ダニエルは、魔法使いを嫌悪しない側の人間の中でも、特に友好の深いタイプだが、その彼が半ば諦めているとなれば、もう普通の人間には助けを求めることはできないのだろう。それを悟って、私は絶望の淵に立たされた。抗いようがないのだ。このまま、皆殺しにされるのを待つことしかできないのだろう。

「リリィ、俺のこと勘違いしてないか?」

「どういう意味?」

 私は、俯いたまま彼の言葉を待った。そしてそれは、私の予想を裏切る、全く思いもよらぬ言葉だった。私は、俯いていたことを後悔させられた。

「俺は、死んでもお前を守るつもりだ」

3

 一年が過ぎた。この頃には既に、「魔女狩り」や「魔女裁判」がまかり通る世の中になっていた。私の家族も、やむなく家を出、ひっそりと隠れながら暮らす他なくなった。魔法使いはもう、この世界に千人もいないだろう。

 数万人規模の殺戮がなされた。その抗争は激しさを増し、魔法使いか普通の人間かに関わらず、大量の犠牲者を出した。魔法使い達が物理的に抗戦しているのだから、もはや戦争と言ってもよいほどの被害を出していた。「今までの常識」を守るために、この世界の常識は既に崩壊してしまったのだ。

「リリィ、いるか?」

 私は、魔法使いの隠れ家になっているレストランにいた。昼間のせいもあって客は少なく、入り口から現れた人影がダニエルであることにすぐ気が付いた。

「こっちこっち」

「おう、久しぶり」

 ここしばらくは、月に一、二度会う程度になっていた。これ以上のコンタクトは、お互いにとって危険だからだ。

「何か変わりはあった?」

「いや、駄目だな。……少しやりすぎたみたいだ。俺にも圧力が掛かり始めてる」

 ダニエルは、父を介して「弾圧」への批判をしていた。同時に、その中枢と思える連中を相手に、交渉を続けてくれていたのだ。命に危険があるのは、私よりもダニエルの方かもしれない。私達を守ろうとしてくれているのはありがたいが、私達のせいで彼に死なれるのは嫌だった。しかし、以前に彼は宣言している。「死んでも守る」と言ってくれた彼に対して、死なれたくないからやめてくれ、とはとても言えない。

「気を付けてね、ダニエル」

「わかってる。それより、ようやく思いついたんだ。聞いてもらえるか」

 幾度となく繰り返してきたやり取りをおざなりに済ませ、彼は言った。

「魔法使いが生き残る方法だ。これならきっと納得してもらえると思うんだけど」

「聞かせて」

 私は、彼の名案を期待していなかった。今までにも彼は、名案を思いついたと言っては私に聞かせてくれていたが、どれ一つとして現実に行い得るものはなかったのだ。

「炎だ」

「炎?」

「ああ。炎を、好きになればいいんだ。いつでも持ち歩きたくなるくらいの物で。そうすれば、魔法使いは魔力を失うだろ。やつらもこれで、迫害する理由がなくなる」

「炎を、好きに……」私は、溜息をついた。「無理だよ。仮に、魔法使いがみんな炎を好きになったとしても、それで迫害されなくなるとは思えないし」

「どうしてさ?」

「理由なんて、いくらでもこじつけられるでしょう? 今まで続けてきたのに、そう簡単に終わったりしないよ」

 疫病の原因。厄災を齎す悪魔の使者。今ではそんな話まで耳にする

ようになった。一度根付いた負の感情は、易々と拭い去ることはできないだろう。

「それに、そんな都合よく炎を好きになって、常に身近にあるような物が、存在するとは思えない」

4

 私が「弾圧」の影響を感じ始めてから、四年ほど経過していた。現存する魔法使いは数百人となり、もはや全滅まで秒読み段階に達していた。そんなある日、なんの前触れもなく、唐突に、私達にとっての「最後の日」は、やってきた。ほぼ同時刻に、数百人の魔法使いが殺されたのだ。炎を纏った矢を撃たれ、身を焼かれ、切り殺された。私の家族も、その類に漏れることはなかった。魔法使いはこれまで、仲間が殺されるたびに、その敵討ちに躍起になっていた。それを恐れて同時刻に皆殺しにしたのだ。

「ダニエル!」

 私はまだ生きていた。ダニエルの死を犠牲にして、生きていた。炎の矢は、彼に突き刺さり、炎に対して無力な私は、彼に何もできなかった。

 第二陣が来る。紙一重で炎の矢を避け、敵を視認する。

 そこでようやく、私は気が付いた。

「もう、いいや」

 どうせ終わった世界なのだ。彼がいない世界なら、壊れてしまっても構わない。全てを壊してやろう。

「炎を使って、しかも依存性がある物……やっぱり、そんなものはなかったね」

 空に舞う。急降下して、ダニエルに突き刺さっていた矢で、敵を刺し殺す。

「でもさ」

 敵の人数を数える。四人しかいない。そのうち一人は殺した。残るは三人。怯えているようだ。逃がしはしない。

「そんな都合の良い物があったとしても」

 突風を巻き起こし、雷を呼び、地を割る。

「それがまた、別の理由で『弾圧』されるに決まっている」

 三人は瞬く間に死に絶えた。彼らの死に顔を見下げていると、あたりに影ができた。

「少数派は、『悪』なんでしょう?」

 いつの間にかに、また囲まれていた。今度は人数を数え切れない。

「そんな世界は」

 余力がほとんど残っていない。敵が一斉に襲ってくる。

「消えてしまえばいい!」首を切り飛ばす。

腕をもぎ取られる。

「滅びてしまえ!」腹を抉り取る。

足を叩き潰される。

「お前達も!」眼球を噛み千切る。

耳を引き千切られる。

「私が!」顔を削ぎ落とす。

首を切り飛ばされる。

「   」

腹を抉り取られる。

「   」

       。

0

 十二世紀以降、長くに渡り魔女狩りは行われていた。十五世紀初頭に、欧州で煙草が広まった事実は、今となって知られていることだ。魔女狩りが収まる時期と煙草が広まった時期が合致し、彼女の予想通りに、現在では健康崇拝意識を守るためだけに煙草が「弾圧」されているからと言って、そこには何の関連性もないだろう。

 ところで、この物語はフィクションであり、現実の歴史とは多分に相違する。今では、魔女狩りは十五世紀から十七世紀にかけて行われていたことが一般的な理解となっている。

...End

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